Nov 16, 2010
塾講師として多くの学生たちに勉強を教えようとする
今後、塾講師として活躍して夢を抱いている人はたくさんいるのではないかと思います。塾講師は、多くの生徒たちにわかりやすく授業を教えて学力を向上させる必要があります。そこでそれなりの学歴が必要になっています。塾講師として活躍している人のほとんどは有名大学を卒業している人が多いです。塾講師はスーツで勤務が基本となるのです。我が家にも小学校2年生になる息子がいます。これで、周りの友達が塾に入り始めているので、我が家もちょっとイライラしています。小学生のうちは塾もいいかもしれないが、もう少し高学年になると、家庭教師が個人の問題を重視するように教えてくれるので、良いように感じます。しかし、家庭教師は教授法の上手な人もいるし適当に時間を過ごす人もいるように感じ、不安だと思います。
「数の論理」の信奉者が「数」に屈した。
海江田万里経済産業相を民主党代表選に擁立して「復権」を目指した小沢一郎元代表。海江田氏は1回目の投票で順当にトップに立ったが、決選投票で「下位連合」の前にまさかの逆転負け。小沢氏にとって、代表選はこれで昨年6、9月に続き3連敗だ。
「第1回投票で(2位を)41票離した候補が負けるなんて憲政の常道に外れている」
小沢氏に近い中堅議員は選挙後、怒りを爆発させたが、“数合わせ”は本来、小沢氏が得意としてきた政治手法だったはずだ。
一方の勝者。野田佳彦新代表は両院議員総会での就任演説で、「応援をいただいた皆さま、いろいろと神経を使ったと思います。お疲れさまでした。ノーサイドにしましょう、もう…」と静かに語った。
ノーサイド=試合終了のホイッスルが鳴れば、敵も味方もない…。
野田氏にとって、今回の代表選で戦わなければならなかった最大の敵は小沢氏だった。野田氏は勝者として敗者に手を差し伸べたのか、それとも、これからは敵ではなく味方になってほしいという懇願なのか。
3日間の短期決戦での論争は、東日本大震災の復興や円高対策といった重要政策よりも内向きの話題に費やされた。
「怨念の政治を超える」「挙党一致」…。
いずれの候補も党内融和を口にしたが、選挙戦の実態はそんな美辞麗句で済むものではなかった。
「野田さんは54歳ですか? 怨念も恩讐(おんしゅう)もすべて超えたところで『野田世代』がやってくれると私は思っております」
前原誠司前外相のグループ「凌雲会」(約50人)の重鎮、仙谷由人官房副長官は代表選後、自信たっぷりに語ったが、額面通りに受け止める議員は少ない。
実は、小沢氏への恩讐にケリをつけるため、鳩山由紀夫前首相の両グループの連合軍に対抗する「数合わせ」を主導したキーマンは他ならぬ仙谷氏だった。
「2位の候補を支援し合うことにしよう」
仙谷氏は代表選に先立ち、野田陣営の選挙対策本部顧問に就任した岡田克也幹事長と会談する一方、鹿野道彦農水相の陣営幹部とも接触し、2位以下の「下位連合」に道筋をつけていた。仙谷氏にとっては、野田、前原、鹿野各氏のいずれが代表になっても、「勝ちは勝ち」だったわけだ。
「数の力」に裏打ちされてきた小沢神話は崩壊寸前だ。小沢氏はかつてグループに所属した議員に協力を求めたが、この議員が応じることはなかった。
小沢氏は29日午後、“敗北”を確認すると、すぐさま小沢グループの選対本部に姿を現し、約100人の議員をねぎらった。
「177票は立派な数字だが負けは負け。野田首相を支援したいが、それは態勢次第だ。言葉だけの挙党一致か見極めなければ」
要は人事によっては、戦闘を続けるという恫喝(どうかつ)だ。
小沢氏はこの後、都内の小料理屋で輿石東参院議員会長ら参院幹部と会談し、「これからも一致結束して頑張ろう」と語りかけた。
小沢氏と同盟関係にある鳩山氏は代表選後、「しこりが残らないよう努力しなければならない。戦った者同士がそれぞれ大きな役割を担うことで自然にしこりは解けていく」と語った。「小鳩連合」にポストを渡せとあけすけに求めたのに等しい。
小沢氏は側近議員に、衆院当選1回、中堅・若手、参院の3つに分かれているグループの統合を指示し、不敵な笑みを浮かべた。
「政策を提言していく。野田政権も、僕らを必要とするときがきっと来るだろうな…」
■決選直前「反小沢」のサイン 鹿野陣営引きはがしに憤慨
逃げ切りか、逆転か−。民主党代表選で1回目の投票が終わり、海江田万里経済産業相と野田佳彦財務相による決選投票が確定したころ、4位に終わった鹿野道彦農水相の周辺がざわめいた。
「なんだ? 何かあるのか?」
鹿野氏は座ったままおもむろに、濃紺のスーツを脱ぎ捨てた。最終決戦を前に緊迫した雰囲気の中、鹿野氏のやや不自然な行動は、いやが上にも目を引いた。
しかし、一部の議員は鹿野氏の意図を敏感に察知した。1回目の投票と決選投票の間に休憩時間はない。鹿野陣営は29日朝の選対会議で決選投票の対応を鹿野氏に一任するとともに、あっと驚くサインを決めていたのだ。
背広を着ていたら1位の候補、脱いだら2位の候補。鹿野氏の意図は「野田氏へ投票」だった。鹿野氏らの支持が決め手となり野田氏は逆転勝利を収めた。
× × ×
投票日前日の28日夜、鹿野陣営には怒りが充満していた。
「小沢さんのやり方は許せない!」
鹿野陣営幹部は声を荒らげた。特定のグループに属さない中間派議員が中心の鹿野陣営は、鹿野氏の決選投票への進出が困難視されると、他の陣営からの草刈り場と化していた。
最も激しく動いたのは小沢一郎元代表だった。28日、海江田氏の選対本部のある都内のホテルに陣取り、苛烈なまでに引きはがし工作を進めた。鹿野陣営にいた山田正彦前農水相はその象徴だ。
山田氏は旧自由党に所属していた小沢グループの一員だ。小沢氏から海江田氏支持に「転向」するよう要求され、拒否できるはずもない。「事情があって変わらざるを得なくなった。許してほしい…」と頭を下げる山田氏を、鹿野陣営も受け入れるしかなかった。
鹿野陣営の大勢は「反小沢」で腹を固めた。
「決選投票は2位の人に入れますから」
陣営幹部は29日朝、1回目の投票で2位に食い込むことが予想されていた野田陣営幹部に電話で決意を伝えた。
なりふり構わぬ小沢氏の引きはがし工作は結局、裏目に出た。
海江田陣営には、戦略上のミスもあった。
国会近くのホテルに構えた海江田選対。表向きは9階が公式選対だが、3階上には小沢氏に近い議員たちが陣取った。表の選対とは別に小沢グループが独自の動きを展開していたのだ。
海江田選対は28日、決選投票をにらみ他陣営の議員に「2回目は海江田で」と依頼していた。ところが、小沢氏は一発勝負にこだわった。1回戦で勝っても決選投票で逆転する可能性が高いと踏んでいたからだ。
戦略が一本化できない選対に一体感が生まれるはずもなかった。
敗因はほかにもある。海江田氏は28日、NHK番組で、子ども手当見直しをめぐる自民、公明両党と民主党の3党合意を白紙に戻す可能性に言及した。公党間の約束をほごにすれば、民主党自体の信頼は失墜する。中間派議員の足は自然と遠のいていった。
「民主党は一つになりました!」
代表選の舞台となった両院議員総会が終わると渡部恒三最高顧問は野田氏の「ノーサイド」発言を受け、テレビ中継でこう叫んだ。だが、熾烈(しれつ)な争奪戦が残した禍根は大きい。
野田氏がどう挙党態勢を構築するかの試金石となるのが組閣と党役員人事だ。
投開票と同じホテルで開いた前原陣営の残念会。この場で前原誠司前外相は早速、人事について口にした。
「今度は僕は党務をやりたい」
記者団には「庭掃除でも何でもさせてもらいます」と語っていた前原氏だが、党内には「本音は幹事長狙いではないか」(中堅)との見方が駆け巡った。
実際、前原グループ幹部は「大連立を訴えていた候補は誰と誰かということだ。前原氏と野田氏だけだろ」と述べ、暗に前原氏を党務の重要ポストに登用すべきだとの考えを示した。
上着脱ぎサインという奇策まで繰り広げた鹿野陣営も黙っていない。
「私たちが野田政権を作ったんです」
29日夜の東京・赤坂の中華料理店。鹿野氏は自陣営の慰労会で「主流派入り」を宣言すると、出席者からは拍手がわき起こりまるで祝勝会だった。
陣営からは鹿野幹事長を要求する声が上がり、幹部は「後は人事だ。あちら(野田陣営)に物事の分かる人がいたら言ってくるだろ」と上から目線で語る。
鹿野氏を支援した生方幸夫選対委員長代理もメルマガで「人事で成功するかどうかが、野田内閣がうまくいくかどうかのバロメーターになる」と牽制(けんせい)する。
野田氏が小沢グループに接近しようものなら、小沢氏に敵意を抱く鹿野陣営が反発を強めることが予想される。
もっとも、野田氏が小沢グループに接近したところで、小沢グループが人事の打診に素直に応じる可能性は低い。小沢氏側近は野田氏の発言に反発している。
「ノーサイドなんて信じられるか!」
鳩山由紀夫前首相のグループからも同様の声がある。「小鳩枢軸」は代表選を通じ、孤立を深める可能性は高い。新代表を選出しても、民主党の漂流は続く。これから求められるseo@servicejapanで変わる(加納宏幸、坂井広志)
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